遺言は、書いて終わりではありません。遺言に書かれた内容を現実に実現するには、適切に執行される必要があります。特に財産の分配や名義変更などの手続きには、法律上の手順を踏む必要があり、そこで重要になるのが「遺言執行者(いごんしっこうしゃ)」という存在です。
本記事では、遺言執行の意味と、遺言執行者の役割や選び方、そして行政書士・司法書士の支援についてわかりやすく解説します。
遺言執行とは何か?
遺言執行とは、遺言に書かれた内容を具体的に実現するための一連の手続きのことを指します。たとえば、「長男に不動産を相続させる」と記されていても、それだけで長男がその不動産を自由に使えるようになるわけではありません。名義変更や登記手続きといった、法的に必要な手続きを経る必要があることはこれまで述べてきたとおりです。
同様に、「預貯金は長女に渡す」と記載されていても、金融機関での相続手続きが済まなければ、実際にお金を引き出すことはできません。さらに、相続税の納付、借金(債務)の支払い、特定の相続人に残された遺品や形見分けなども、遺言に従って適切に進めなければならない重要な手続きです。
これらの遺言の内容を、相続人全員が納得しながら正確に実行するためには、法的知識と実務対応力が求められます。そして、その実務の中心を担うのが「遺言執行者」です。遺言執行者は、遺言に書かれた意思を形にし、手続きを代行する役割を担います。ただ単に「遺言の内容を伝える」人ではなく、具体的な手続きを一手に引き受ける、いわば故人の代理人とも言うべき存在なのです。遺言執行者がいない場合、相続人全員が同意して手続きを進める必要があるため、話し合いがまとまらないと何も進まないという状況に陥ることもあります。
たとえば、相続人の1人が「その遺言には納得できない」と主張し、預貯金の解約や不動産の名義変更を拒むようなケースでは、遺言の内容が実現されないまま時間だけが過ぎてしまうこともあります。
そのため、遺言者が生前のうちに「この人に任せたい」と考える人物を遺言執行者として指名しておくことが、遺言をスムーズに実行するための重要なステップとなります。

加えて、遺言執行者には法律上の地位が与えられており、例えば銀行や法務局などに対して、必要な手続きを単独で行うことができます。これは、相続人全員の印鑑や同意を取り付ける必要がないという意味で、実務上非常に大きなメリットです。このように、遺言執行とは「遺言を書いた本人の意思を、相続発生後に法律に則って実現していくプロセス」であり、その中心的な存在である遺言執行者の存在は、遺言の有効性と実行力を確保するために欠かせないのです。
遺言執行者とは?
遺言執行者の役割

遺言執行者は、遺言の内容を実現するための実務的な責任を負う人です。主な業務としては以下のようなものがあります。
- 不動産や預貯金などの名義変更手続き
- 相続人への財産の分配
- 債務の支払い
- 遺言に記載された付言事項の実行 など
こうした手続きは煩雑で、法的な判断や公的書類の整備が求められるため、相続人が自力で対応するのは容易ではありません。そのため、信頼できる第三者、特に法律の知識を持つ専門家に任せることが望まれます。なお、遺言執行者には相続財産を勝手に処分する権限はなく、遺言に書かれた内容を忠実に実行することが求められます。また、執行者が複数人いる場合は、互いに協議しながら手続きを進める必要があります。
遺言執行者の指定方法
遺言執行者は、遺言書の中で遺言者自身が指定することができます。指定がない場合は、相続人などが家庭裁判所に申し立てて選任を受けることになります。
遺言執行者は、相続人の1人でも、弁護士や行政書士、司法書士といった第三者でもなることができます。ただし、公平性や実務の円滑さを考えると、相続に直接利害関係のない第三者を選ぶことが一般的です。また、遺言書に執行者を明記する際は、氏名だけでなく住所・生年月日なども具体的に記載しておくことで、後の手続き上の混乱を防ぐことができます。
遺言執行者を選ぶときの注意点

遺言執行者は、遺言内容を確実に実現するうえで極めて重要な役割を担います。そのため、選任する際には次のようなポイントに注意しましょう。
- 信頼できる人物であること(公平で感情に左右されない人が望ましい)
- 相続手続きや法律に関する知識や経験があること
- 財産の内容が複雑な場合(不動産、会社株式など)には、専門家であること
また、遺言内容が相続人間の感情的な対立を生む可能性がある場合には、家族の一員ではなく第三者を指名することが、トラブルを避ける有効な対策となります。
行政書士・司法書士の視点から見た実務ポイント
行政書士の視点
行政書士は、主に遺言書作成の段階から関与することが多く、自筆証書遺言や公正証書遺言の文案作成支援、遺言執行者の指定に関する助言を行います。遺言執行者としても活動する行政書士は、相続人や関係機関との連絡調整、金融機関での手続き、相続人の確定や財産目録の作成など、遺言の実現に向けた幅広い実務を担います。
司法書士の視点
司法書士は、不動産や会社の登記を扱う専門家として、登記手続きが必要な相続では特に重要な役割を果たします。遺言執行者として選ばれた司法書士は、不動産の相続登記を行い、法務局とのやりとりを含めて、所有権の移転を円滑に進めます。また、法定相続情報一覧図の作成支援や、裁判所との手続き対応など、実務の多くの場面で関与します。
さらに、相続人の間に意見の不一致がある場合でも、司法書士が第三者として関与することで、法的根拠に基づいた手続きが行われ、感情的対立の緩和にもつながります。
最後に
遺言を確実に実現するには、遺言の内容を執行する「遺言執行者」の存在が不可欠です。特に、不動産や金融資産が関わる相続では、法律や手続きの専門知識が必要とされるため、行政書士や司法書士といった専門家を執行者に指名しておくことで、相続人がスムーズに遺産を受け取ることができます。
また、遺言執行者を明確にしておくことは、相続人間の争いを防ぎ、遺言者の意思のスムーズな実現にもつながります。次回は、土地や建物といった相続時にトラブルの原因になりやすい「⑥ 不動産と遺言の関係」について詳しく解説します。